0と1の反復横跳び

デジタルな仕事とアナログな趣味の記録

事実は小説より奇なり 〜米中の半導体政策と三体の関連性〜

最近,中国の大手通信機器会社HuaweiからMate 60 Proというスマートフォンが発売された. ただのスマホなのだが,なぜ注目されているのか.

それは半導体設計および製造に関わるほぼ全てのリソースを規制されながらも,1,2世代前の最高水準のチップを搭載しているからである.

そしてこの話を聞いた時,僕は中国SF小説の『三体』を思い出した.

半導体というのは非常に複雑なものだ.基本単位にトランジスタというものが存在しており,これは電気信号を増幅したり,電気信号をオンオフするスイッチの役割を担う.イメージとしてはレゴブロックのようなものだ.用途に応じて様々なトランジスタが存在し,それを組み合わせることでモノ(半導体製品)をつくる.このトランジスタの基本的な特性は比較的簡単な数式で表すことができる.だが,基本的にトランジスタ単体で用いられることはない.数個から数億個のトランジスタを組み合わせて回路を実現する.

想像してみて欲しい.ちょっとしたもの(例えばサザエさんのEDに出てくる赤い屋根の家)ならつくるのは簡単だ.だがいくら様々なブロックが用意してあったとはいえ,エッフェル塔やM1エイブラムスを作ろうと思ったら相当な想像力と設計力を要するのではないか.

ここで出てくるのが自動設計ツールと,それで出力された図面(マスク)を使って正確に製造する工場(製造装置とそこで必要な材料)である.

自動設計ツールは作って欲しい回路をプログラム形式で入力すれば,自動で図面を出力してくれる.図面は使う半導体工場によって若干異なる(イメージとしては印刷物のフォントだろうか.ゴシックや明朝体,フォントサイズが様々存在するようなものだ). 図面をもとにマスクを製造し,シリコンウェハという伝導性のある素材の上に,金属(金や銅)で配線を印刷することで,半導体バイスが完成する.

そして今の半導体技術を支えるものというのはこの自動設計ツールと工場だ.効率と性能を両立した設計を支えるツールと,それで出力された図面を忠実に再現する工場.どちらが欠けてもいけない.

この間,日本は韓国へのフッ化窒素輸出を制限したニュースが話題に上がったと思う.これは工場で必要な素材なのだが,今の高水準な設計には99.999999999 %という超純度が求められるのだ.しかし韓国は99.999 %程度の純度しか製造できないため,このままでは自国の半導体産業が破綻するということで,輸出解禁を求める動きがあったわけだ.

さて,ここまでの話がどう中国SFにリンクするのか.*ネタバレ注意

そもそも三体とは,劉慈欣が書いた長編SFである.近未来の地球を舞台とした物語で,ニュートン力学の三体問題と絡めた話になっている.小説内には三体人という地球人のような知的生命が出てくるのだが,彼らは多態運動下の特殊な環境に生息しており,繁栄と滅亡を繰り返している.だが強くてニューゲームを繰り返す文明なので,非常に強力な技術を有している.

そんな彼らは,安住の地を求めて地球を欲し,また地球も三体人の強力な技術を欲し,その関係を深めるため三体人が地球への航海を開始する.

僕はこの三体人と地球人の関係こそが米中の半導体政策そのものではないかと考えたわけだ.

  • 三体人=米国側(欧米,日本,韓国,台湾など)

  • 地球人=中国

小説内では三体人が地球へ航海をするのだが,数百年の時間を要する.近現代において数世紀というのは超越的な技術革新を引き起こすのに十分すぎる時間だ.それは史実が証明しており,また我々もそんな場面を垣間見ている(ChatGPTとか).

そのため三体人は地球が技術開発をできなくするための「智子」という素子(微粒子)を送り込む.それによって送り込まれた時点以上の開発が行えなくなるというのが小説内のストーリーであった.

この智子こそが米国による禁輸措置である.

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超最先端チップの輸出やそれに必要な製造装置,材料,設計ソフトを禁輸したわけだ.

先も書いた通り,半導体というのは材料一つ禁止されただけで製造が行えなくなるほど高性能高精度を要求される.そのため自動設計ソフトの利用禁止や製造装置の利用禁止による影響というのは想像に難くないだろう.

しかし,中国はやってのけたのだ. 智子もとい禁輸の中でほぼ最先端のチップを作り上げたのだ.

火事場の馬鹿力という言葉があるが,僕はそんなことを想像した.

限られたカードを最大限に活用することで,限界突破したわけだ.

僕には何が正しいのかわからない.だが資本主義に生きる以上,歩みを止めたらそれは死を意味する.

揚げ足をとっても巻き返される.そういったことを意識しながら我々は技術と向き合っていかないといけないだろう.